2021.3.31
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2020年10月、ニューヨークで開催されたRMサザビーズのオークションにおいて、アルファ ロメオのB.A.Tコンセプトカー3台が出品され、1484万ドル(約15.5億円 / 2020年10月当時)で落札された。B.A.T コンセプトカーは、1950年代にフランコ・スカリオーネによってデザインされた実験的な車である。今回は、STELLANTIS広報のロン・キイノ氏によって執筆された記事の翻訳を紹介する。

1484万ドルで落札された3台の車

1484万ドル(約15.5億円/当時)。それは2020年10月28日、ニューヨークで開催されたRMサザビーズのオークションで、貴重な3台のアルファ ロメオがまとめて落札されたときの金額です。

貴重なアルファ ロメオというのは、長い歴史の中に何台も存在します。例えば1950年のF1世界選手権初年度に全戦優勝した歴史的なF1マシン『ティーポ 158“アルフェッタ”』。例えばこれまでに製造された中で最も美しいロードカーと言われている1967年の『ティーポ 33/2 ストラダーレ』。アルファ ロメオ・レーシングORLENチームが現在のF1世界選手権を戦う、カーボンファイバー製の車体にハイブリッドエンジンを搭載した時速200マイルのトラックロケットもそうでしょう。

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▲ティーポ 33/2 ストラダーレ

けれど、ここで触れる3台は、様々な意味でそれらとは少々異なります。1953年から1955年にかけて製作された実験的なコンセプトカーの連作であり、それぞれが1台ずつしかこの世に存在しません。そして全てが特別な頭文字で呼ばれます。『B.A.T.』です。

未来的なコンセプトカー『B.A.T』

『B.A.T.』はBerlinetta Aerodinamica Tecnica(ベルリネッタ エアロディナミカ テクニカ)の略。意味は“空力技術のクーペ”といったところでしょう。

この3部作は1950年代初頭、アルファ ロメオがカロッツェリア・ベルトーネにひとつの実験的なプロジェクトを依頼したことからスタートしました。それは自動車の空気力学の技術的な側面を探る試み。つまりはエアロダイナミクスがクルマに与える影響というものに科学的な観点からアプローチし、可能な限り空気抵抗の小さいクルマを作ろうとしたのです。

その頃ベルトーネを率いていた当時まだ30代のヌッチオ・ベルトーネは、フリーランスとしてベルトーネの仕事を請け負っていた同世代のフランコ・スカリオーネにスタイリングを任せます。スカリオーネは航空工学を学んできたというバックグラウンドを持っており、空気の流れというものに対しても造詣が深かったのです。

ベースに選ばれたのは、1950年にデビューしたアルファ ロメオ初の量産車、『アルファ ロメオ 1900』でした。モノコック構造の車体にDOHCエンジンを搭載したミドルクラスのセダンで、6人が乗れる居住スペースを持ちながら、スポーティな乗り味と速さをも持ちあわせていました。1900の発売時のキャッチフレーズは、“レースに勝利するファミリーカー”。そのキャッチフレーズどおり、デビュー直後のタルガフローリオから頭角を現し、様々なモータースポーツで結果を残してきたモデルです。

B.A.T.5』、『B.A.T.7』、『B.A.T.9d』の3台は、いずれもモータースポーツの血脈にあるこの1900のプラットフォームを使って作られました。当時はコンピューター解析なんて夢のまた夢、風洞実験室を使ってのテストも全く一般的ではなかった時代です。スカリオーネと実際の製作を担当したエツィオ・チンゴラーニは車体に毛糸を貼り付け、実際に走ってるところを写真におさめ、それをチェックしながらディテールを修正するなどして完成に近づけていったのだそうです。
そうして見る人の全てが驚くようなデザインの、空気の壁をそれまでとは比較にならないくらい鋭く切り裂いて走れるクルマ達が誕生したのです。

B.A.T.5

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1953年に完成したシリーズ最初のモデル、B.A.T.5は、1953年のトリノ・モーターショーでデビューしました。名前にある“5”は、スカリオーネが考えたコンセプトの5番目のデザインであったことによるものです。高速走行時の気流の乱れを解消するための尖ったフロントエンド、滑らかに膨らんでいくポンツーンフェンダー、ほぼフラットなルーフを持つティアドロップ型のコクピット、大きなリアウインドウ、細いピラーで仕切られたリアの大きなウィンドスクリーン、そしてリア側に向かって上昇しつつわずかに内側へと湾曲していく両サイドのテールフィン。それまでのクルマにはなかったスタイリングは、当時の人達にさぞかし強烈な印象を残したことでしょう。そして当時の分析手法によれば、B.A.T.5のCd値(=空気抵抗係数)は0.23という数値。同時代の一般的なクルマの値が0.4を越えていたことを考えると、驚くべき数値です。同じ年に登場した1900の高性能版、1900TIスーパーの最高速度が180km/hでB.A.T.5が200km/hだったことからも、いかに空力性能が優れていたかが理解できるでしょう。

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B.A.T.7

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翌1954年のトリノ・ショーで発表された B.A.T.7は、前作のコンセプトカーを極限まで突き詰めたモデルでした。サイドベントと前後のホイールを覆うスカートを踏襲しつつ、フロントのノーズ50mm以上も低くしてエアインテークを狭く取り、特徴的なテールフィンをさらに長く大きくするとともにエンド部を大きく内側にロールさせています。スタイリングデザインとしてはさらに印象深い大胆なものになりましたが、Cd値の方も大幅に向上し、その値は0.19。コンセプトカーとプロダクションモデルを比較することに大きな意味はありませんが、空力的に優れてると評されるジュリアの現行モデルが0.28であることを思えば、やはり驚異的です。

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B.A.T.9d

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1955年の同じくトリノ・ショーに展示された3番目の B.A.T.9は、前の2作よりも現実味の強いスタイリングが与えられていました。B.A.T.5と B.A.T.7の空力に対する先鋭性と実際に生産可能なロードカーとしてのバランスの着地点を模索したのです。そのためフロントのフェンダーはタイヤの切れ角を稼ぐべく張りの大きなものとしてサイドベントを捨て、実用面で不利な車体下部まで覆うリアのスカートも廃止、巨大だったテールフィンは後方の視界を確保するため大幅に小さなものとされました。代わりにノーズの先端には1900や初代ジュリエッタのそれに似たミラノの紋章を持つ縦型グリルが備わり、カバーに覆われながらも常に機能させられるヘッドランプがフロント両端にマウントされました。アルファ ロメオとしてのアイデンティティを持った、高速移動体としての実用性のあるグランツーリスモが形作られていたのです。

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世界中に多大なインスピレーションを与えた『B.A.T.』

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この3台は先述のとおり量産どころか1台ずつしか作られませんでしたが、アルファ ロメオというブランドの先進性を世界中の人達に知らしめる役割を果たしましたし、エアロダイナミクスをクルマのデザインに活かす技術的な側面も含めて、世界中の自動車メーカーに多大なインスピレーションを与えることにもなりました。
スタイリングデザインを担ったフランコ・スカリオーネは無名ともいえる存在でしたが、この B.A.T.シリーズを手掛けたことで世界的に知られる自動車デザイナーとなりました。ベルトーネとのコラボレーションでアルファ ロメオの『ジュリエッタ スプリント』や『2000 スポルティーバ』、『ジュリエッタ スプリント スペチアーレ』などをデザインした後、他車のデザインをも手掛けるようになり、後に再びアルファ ロメオのために神がかり的とすらいえるほど美しい名作中の名作、『ティーポ 33/2 ストラダーレ』を生み出すことになります。

それぞれの B.A.T. は役割を終えた後に売却され、しばらくは別々の人物が所有していましたが、後にひとりのコレクターが順番に入手。レストレーションがなされた美しい状態でアメリカ・カリフォルニア州のブラックホークミュージアムに展示されていました。

B.A.T.シリーズの完全なコレクションを新たに手に入れた人物についての情報はいっさい公開されていませんが、願わくば新規オーナーが個人のガレージに仕舞い込んだきりにするのではなく、われわれファンが何らかのかたちで見ることのできるチャンスを作ってもらえるようであると嬉しいな、と思います。

Text: Ron Kiino
Photo: 嶋田智之

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