2021.3.10
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3月13日(土)に日本デビューを迎えるジュリアの限定車『ヴィスコンティ エディション』。ミラノの名門貴族ヴィスコンティ家にインスパイアされ、その威厳と風格を現代のジュリアに継承したモデルだ。今回は、そのネーミングの由来となったヴィスコンティ家の歴史やそれにまつわるアルファ ロメオのエンブレム誕生のストーリー、そして限定車の魅力について、作家・コラムニストの松本葉氏が解説する。

アルファ ロメオ創立111年目にあたる 2021年春、『Alfa Romeo Giulia Veloce(アルファ ロメオ ジュリア ヴェローチェ)をベースにした限定車『ヴィスコンティ エディション*』が発表された。ボディカラーはエレガントな緑。ブラックの足元が車体全体を引き締め、優雅さのなかから強さを引き出している。アクセントはちらりと覗く黄色のブレーキキャリパーだろうか。室内にはグレイオークのウッドパネルが与えられ、淡いタンカラーのハイセンスなシートが組み合わされた。

*販売を終了いたしました

04919a_0215a 歴史とひらめきの中から生まれた特別な限定車ジュリア ヴィスコンティ エディション

長い歴史を持つイタリアの名家・ヴィスコンティ家

限定車のネーミングに用いられたヴィスコンティは、イタリアで最も古い部類に入る高貴な一族の苗字。ヴィスコンティ家は13世紀から15世紀までミラノを支配した。ファミリーからローマ教皇を輩出したことでミラノの支配権を得たのち、1395年にジャン・ガレアッツォ・ヴィスコンティがミラノ公国を成立させた。

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▲ジャン・ガレアッツォ・ヴィスコンティのレリーフ

ミラノと聞くと小ぶりな都市を想像するものの、公国は南北に広がっている。ジェノバもパルマもコモ湖周辺も公国の一部。非常に広範囲だ。北側がアルプスの麓に位置したことで領土は商人の通過地点となり、養蚕が栄えたために早い時代から繊維が取り引きされた。冶金の発達によって軍需品の売買も行われたようだ。水源に恵まれ農業も盛んだったこの一帯を手中に収めたことで、ヴィスコンティ家が大きな権力を得たことは想像に易い。一方で活発な文化活動も注目に値する。ジャン・ガレアッツォ・ヴィスコンティは建築の分野でも大きな貢献を果たした。かのドゥオーモの建築を望んだのも彼である。ルネッサンス期には多くの芸術家を支援、そのひとりはレオナルド・ダ・ヴィンチだった。芸術と創作の都市としての礎を築いたヴィスコンティ家は、ミラノのシンボルである。

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▲ドゥオーモ

このファミリーの紋章がいわゆるビショーネ、公国の国章にも用いられた、子供を飲み込む大蛇だ。構図の由来にはさまざまな説がある。中世のエンブレムを検証した本では、もともとはヘビだけだったが、貴族に相応しいヒーロー伝説を生み出すために人間が書き加えられたと記されている。サラセン人と戦う間に我が子を大蛇に連れ去られた父親は、戦場から戻ると森に駆けつけ、大蛇と戦って生きたまま飲み込まれた息子を救い出した、こんなストーリーを仕立てたというのである。他にも十字軍遠征中に倒した相手の紋章を勝利の証に奪ったとする説もあるものの、どれにも共通するのは戦いでの勝利。貴族は勇敢でなければならないということだと思う。人を飲み込む大蛇はとてもインパクトのある絵柄ながら、ヘビのクネクネっとした部分はどこかユーモラスでもある。

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▲スフェルツェスコ城の正門・フィラレーテの塔に描かれたビショーネ

ご存知の通り、アルファ ロメオの円形エンブレムのなかで右側に用いられたのがこのビショーネだ。左はミラノの紋章、赤十字。双方とも、この地で生まれこの地に根を下ろす同社に相応しいセレクト、9回のモディファイを経て現在のモダンなそれに至る。ROMEO の文字が入ったり、レースでの栄光にちなんで月桂樹に囲まれたりする一方、イタリア王政の廃止に伴う変化もあった。国の要請で南イタリア経済支援のためにアルファスッドの生産が決定したときは MILANOの文字が外された。まさに時代と歩みを揃えて来たが、興味深いのは誕生経緯だ。

“偶然”から生まれたアルファ ロメオのエンブレム

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▲1910年当時の初代ロゴ

ロンバルダ自動車製造株式会社(A.L.F.A)立ち上げから程なくしてエンブレムのデザインを言い渡された技師、ロマーノ・カッターネオはある朝、通勤途中の路面電車の停車場で2本の旗を目にする。停車場はヴィスコンティ家に代わってミラノ公国を支配したスフォルツォ家のお城の真前にあって、そこにひらめいていたのは1本が赤十字、もう1本がビショーネの旗だった。眺めるうち馴染みのある2つのカップリングを思いついたカッターネオが上司に進言、今では企業のエンブレムとして最も認知度が高いとされるエンブレムが誕生した。ちなみにこの時の上司はジュゼッペ・メロージ。ニコラ・ロメオが加わる前、アルファ・ブランド初の24HPを設計したエンジニアだ。同社の、先進という名の技術的基盤を築いた彼が、部下のアイデアをカタチにしたのだった。

絵柄も雰囲気も全く異なる2つを組み合わせるアイデアには感服するが、それは双方がミラノのシンボルであるという“論理”に基づいたものというより、前方を見上げて旗を目にした“偶然”によるもの、ここが面白い。それは風の強い朝のことだったようで、いつもなら首を落とすように縮こまっていて見えにくい旗がヒラヒラと揺れていたという。これで行けば、もしも111年前の朝、風が吹いていなかったら、エンブレムは生まれていなかったかもしれない。あのエンブレムがなかったら、アルファ ロメオは違ったものになっていたのではなかろうか。イマジネーションは尽きない。

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▲カッターネオが見ていた『スフォルツォ家のお城』=スフォルツェスコ城の正門にあるフィラレーテの塔

もちろん、歴史に仮定は無意味なことは承知しているけれど、アルファ ロメオについては、こういう偶然がきっかけとなって、まるで予告された運命のようにのちに大きな物語を生み出すことが多々ある。それでどうにも見逃せない。頭文字を繋げたらギリシア文字で1を意味する、実に幸先のいいアルファとなり、これがモータースポーツでの勝利、その意欲を掻き立てた。創業しばらくしてニコラ・ロメオという人物を迎えたことがジュリエッタという素敵なネーミングに繋がった。1930年代には 経営悪化によって国営となり社長を送りこまれたが、そのひとりである企業再生のプロは文学者でもあった。この時期、文化として残る機関誌が生み出されている。波乱万丈の道を歩んだ自動車メーカーながら、転ぶたびに次に繋がるヒントやアイデアを掴んで立ち上がったのである。この会社に起こる偶然やひらめきは“点”で終わらず“線”となって先に繋がり、小さな芽は大きな花を開花させてきた。散りばめられた魅力的なストーリーを語り継ぐのは、デザイナーからミュージアム館長まで多くのアルフィスティたち。これも同社の特徴である。

躍動的でエレガントなグリーンを纏ったジュリア

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今回、限定バージョンに選ばれたグリーンのカラーにも、このブランドらしい物語が見え隠れする。アルファ ロメオと言えば赤。戦前のモータースポーツでの活躍からアルファの“レッド”は勝利のシンボル、ひいてはイタリアン・カラーとして認知されるに至った。一方で同社は長い歴史のなかでトーンの異なる様々な“グリーン”を送り出している。このグリーンとの出合いについても、大蛇の緑色がヒントになったとする説と、1923年に初めて登場したクアドリフォリオ(三つ葉)の緑がきっかけになったとする説とが存在するようだ。いずれにしてもアルファ ロメオにとって緑は赤と同じくらい縁の深い色なのだ。

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戦前は塗料の質の問題からグリーンのカラーは定着しなかったが、例えば 60年代に生まれたジュリア・スプリントの緑は、アルファ ロメオと言えば赤、このイメージを打ち破りユーザーの大歓迎を受けた。このとき採用されたのはヴェルデ・ムスキーノ(苔の緑)とヴェルデ・ピーノ(松の緑)、とてもイメージしやすいネーミングだ。が、見るものに強い印象を残したのはやはりモントリオールに用いられたグリーンだろう。

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▲『アルファ ロメオ モントリオール』

スパイダーのグリーンも素敵だった。ベージュの内装と組み合わされたことで若々しさの中に落ち着きを感じさせた。これまた、とても人気のあったカラーである。アルファスッドのそれは若葉色のような色合い、アルフェッタの緑は群青色に似たトーンに感じられる。しかしなんと言っても忘れることができないのはやはりカラボの緑だと思う。『Tipo 33/2 ストラダーレ』をベースに 製作されたコンセプトカー、カラボの名は甲虫のオサムシ(カラビダエ)から取ったそうで、実際、この虫は金属的な輝きの緑色の胴体を持っているという。メタリックなグリーンがスタイリングととてもよくマッチしていた。

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▲『アルファ ロメオ カラボ』

エステティックに注視した特別仕様車ではボディカラーは格別重要な役割を果たす。では今回のジュリアのグリーンはどんな色合いだろうか。カラボの金属がかった緑とも若葉色とも、もちろんモントリオールのシンボルカラーともまったく異なる。シックな深さと優雅な色合いを持ちながら黒と合わせて沈まず、綺麗にマッチする色。落ち着いているのにスポーティネスを感じさせるもの。内装とのマッチングも絶妙である。口紅に負けぬほど微妙に異なる多くのトーンが存在する自動車のボディカラー、その一色をヴィスコンティ・グリーンとネーミングしたところに意味があるように思う。躍動的でエレガントなグリーンを、歴史を紐解きヴィスコンティと名付けることで全てを語らせた。

世界が見えないウイルスに右往左往される今年は殊の外、春が待ち遠しい。そんな私たちの前に、ジュリア ヴィスコンティと名乗る、品格のある美しい女性が現れた。

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Text: 松本葉

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