2023年6月7日から20日まで東京・有楽町で行われた、アルファ ロメオの特別展示試乗会「Unforgettable Drive」。会場の阪急メンズ東京で開催された、試乗参加者限定のトークイベントにご登場いただいた、自動車ライター・嶋田智之氏のお話を前回に引き続きお届けする。
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『トナーレはスペシャルビークル』
「話をコモ湖の試乗会(脚注:2022年4月にイタリア・ロンバルディア州のコモ湖畔で行われたトナーレの国際試乗会)の時に戻すと、会場にドメニコ・バニャスコさんというアルファ ロメオのエンジニアがいらしたんですよ。バニャスコさんって実は8C コンペティツィオーネ、4C、ジュリア GTA/GTAmといったスペシャルビークルを担当してきた、いわばアルファ ロメオのエースといえるような人なんです。その彼がなぜ量産モデルの試乗会に来ているのだろうと思ってご本人に聞いたら、『このクルマには私も関わってるんです』と。『え?バニャスコさんはスペシャルビークル担当でしょう?』というと『いや、トナーレはスペシャルビークルですから』っていう言葉が返ってきた。『私たちの電動化の第一歩めがこのトナーレです。アルファロメオの長い歴史の中で、最初に出る電動化車両なのだから、それはスペシャルでしょう』と。
バニャスコさんが開発に加わっていた、ということですね。なるほど、よく曲がるわけだし、おもしろいクルマに仕上がってるわけだ、ってすっかり納得しちゃいました。その数ヶ月前に、バニャスコさん渾身の作といえるジュリア GTA/GTAmに試乗して、衝撃を受けたばかりだったので。それからトナーレのハンドリングの作り方についていろいろと教えていただいたんですけど、その流れで走っていたときにふと感じた疑問をぶつけてみたんですね。その回答がとても興味深かったんです。プレスリリースにも書かれてないことだったので。それは何かというと、ロール軸のお話でした」
アルファ ロメオのエースエンジニアが
手がけた、スペシャルなハンドリング
「クルマって、ステアリングを切って曲がっていくときに遠心力が働いて、車体が傾くでしょう?先ほども少し触れましたけど、それをロールと言います。誤解を恐れず簡単に言ってしまうと、そのロールをしていくときの車体の動きの中で、動きの中心となる見えない軸みたいなものが必ず生じるんですね。車体の前から後ろを貫く、目に見えない軸。それがクルマのハンドリングにとって、ものすごく重要なんです」
「一般的な乗用車のロール軸は、クルマが静止した状態で、フロントタイヤとリアタイヤそれぞれの一番上を結んだ辺りにあることが多いんです。つまりロール軸はほぼ水平。だから加速すると慣性が働いてフロント側が上がってリアが下がり、アンダーステア(クルマの進路が外側に膨らむこと)が出てくる。逆にブレーキングのときにはフロントが下がってリアが上がり、そこでステアリングを切るとクイックに曲がるし、そのときの速度が速すぎればオーバーステアが出る」
「トナーレのロール軸は、実はフロント側がびっくりするほど低い位置に設定されてたんです。リアは普通のクルマと同じようにタイヤの一番上ぐらいなんですけど、フロント側はホイールのセンターキャップのちょっと上ぐらい。つまりフロントがかなり前下がりになってる。つまり前に傾いた軸になっているんですね。だからステアリングを切ってロールがはじまったら、フロントがコーナーの内側にギュンって入っていく。立ち上がりでグッとアクセルを踏んでも嫌なアンダーステアが出ない。実際にはほかの要素も複雑に絡んでくるからそんな簡単なものじゃないんですけど、ものすごくシンプルに言うとそういうこと。おかげで信じられないぐらい俊敏にクルマが曲がってくれるんです」
「普通の自動車メーカーだったら、SUVのシャシーにこんなセッティングなんて与えません。そこがアルファ ロメオ、なんですよね。トナーレは電動化車両であると同時に、そういうスペシャルなハンドリングが与えられてるという点が、ものすごく大きなトピックなんだと僕は思っています」
そのデザインには、
歴史へのリスペクトが込められている
「あと、トナーレはデザインも素晴らしいですよね。このクルマのデザインの取りまとめをしたのは、アレッサンドロ・マッコリーニさんという人。アルファ ロメオのデザイン部門のチーフデザイナーで、皆さんもご存知の4Cや、ジュリアとステルヴィオを手がけたのも彼だし、かのアルファ 147や8Cコンペティツィオーネのデザインにも関与しています」
「クルマのデザイナーって、何かしら功績を挙げたら他のメーカーに移籍して、さらに功績を挙げたらまた他に移籍して、というふうに次々とメーカーを渡り歩く人が多いんです。でも、マッコリーニさんは、147の時代からずっとアルファ ロメオ。どんなに高く評価されても、彼は自分の意志でアルファ ロメオから離れないんです。だからこそ、トナーレのようなクルマが作れたんでしょうね」
「昨年、トナーレがオンラインでワールドプレミアとなったときに聞いたのか、その直前に行われたオンラインワークショップで聞いたのか、試乗会の現場で聞いたのかは記憶がゴチャマゼになっちゃってるんですけど、デザイナー陣は電動化という新時代を迎えるにあたって、ずいぶんとアレーゼにあるアルファ ロメオ歴史博物館に通って、名だたる名車たちを長い時間眺め、湧いてきたインスピレーションをスケッチしていたそうです。自分たちのブランドが持つ歴史の豊かさを見つめ直して、あらためてリスペクトするところから始めたということなんでしょうね」
「実際にトナーレのデザインには、かつての名車たちからインスパイアされたディテールが数多く見られます。まずは3つ目のヘッドランプですね。これはSZや159、ブレラ、939スパイダー、あるいはプロテオ・コンセプトなどがヒントになってます。ここはすごく分かりやすい。あとはデザイナーたちが『GTライン』と呼んでいるサイドのショルダーライン。これは初代のジュリア・クーペがモチーフになっています。もうひとつは、リアウィンドウですね。これは8C コンペティツィオーネからのインスパイア。このあたりはワールドプレミアのときにも触れられてたと思います。他にもデザイナー陣のスケッチを見ると、例えば、フロントのエンブレムを起点に張り出した線をたどるとボディ全体をぐるっと1周できちゃうんですけど、それはディスコ ヴォランテだとかスパイダー デュエットからの影響だったり。テールランプの左右をつなぐところの水平基調は、916のスパイダーとGTV、164だったり。まだまだたくさんあって、お好きな人ならいろいろな名車の面影を見つけて楽しむことができちゃうほど。ただし、過去作からコピーしたところはひとつもなくて、すべて再解釈したうえで造形に活かしてるんです。しかもトナーレは、そうしたディテールの集合体。なのに無理なく矛盾もなく、とても綺麗にまとめられている。それってものすごく高度なことだと思うんですよ。アルファ ロメオ・チェントロ・スティーレのレベルの高さがうかがえますよね。トナーレのスタイリングデザインというのは、そんなふうにして生み出されているんです」
最後に
「僕はこれまでトナーレにずいぶん試乗してきました。いろんなシチュエーションで乗ってきて、今では『このクルマは、世界で一番個性的なハイブリッドカーなんじゃないか?』というふうに感じています。本当に楽しいところ、気持ちいいところが、ワインディングロードとかでスポーティーに走らせてみて、ものすごく濃厚に感じられるようになる。そんなSUV、アルファ ロメオしか作らないですよね(笑)」
今回のイベントにご参加いただいた皆さんは、どなたも熱心に嶋田氏のトークに耳を傾けられていた。遠からぬ先、皆さんの中から1人でも多くの方がトナーレやアルファ ロメオ最新ラインアップのオーナーとなられることを願ってやまない。そう思える充実したイベントであった。
最後に、述べ4日間・全12回におよんだトークを終えて、嶋田氏に話を聞いた。
「今回はこれまであまりメディアの中で流通していないお話、僕が職業的な役得で知り得たお話、それに深めの試乗をしないと感じとりにくいことなどをトークの中に織り込むように心掛けました。だからというわけでもなくて、単純にクルマの話をしたり聞いたりするのが好きっていうクルマ好きの特性なのでしょうけど、楽しそうに聞いてくださったり質問してくださったりする人が多くて、僕の方も嬉しかったです。少人数制だったから、テーブル囲んでクルマ談義、みたいな雰囲気になったこともよかったかもしれません。何かのタイミングで、またこういう会ができるといいですね。アルファ ロメオの最近のスローガンは「Unforgettable Experience」。僕のトークはそれほどのものでもないですけど、トナーレって本当に鮮やかなテイストを持ったクルマだから、しっかり試乗できる場所でトナーレをちゃんとドライブできる機会があれば、間違いなく忘れられない体験になると思います。そうしたチャンスが、トナーレに興味を持った皆さんのひとりひとりに巡ってきますよう祈ってます」
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『トナーレは世界で一番個性的なハイブリッドカー』自動車ライター・嶋田智之氏が語るアルファ ロメオの奥深き魅力(前編)を読む
語り:嶋田智之
写真提供:Stellantisジャパン
Profile
自動車ライター・嶋田 智之
幼い頃からのクルマ好きが高じ、まずは自動車雑誌の編集者としてメディアの世界に。1985〜1989年は「CAR MAGAZINE」、1989〜2009年は「Tipo」、2009〜2010年は「ROSSO」を担当。ティーポでは約10年編集長を、ROSSO時代は姉妹誌も含めた総編集長を務める。2011年からフリーランスの自動車ライターとしての活動を開始し、様々な専門誌や一般誌、WEBメディアなどに寄稿。また、ラジオや動画コンテンツ、自動車イベントでのトークショーにも数多く出演している。編集者時代から一貫して「クルマの楽しさ」を伝え「クルマとともに過ごす人生」を提案することをポリシーとし、誌面やモニター、ステージの上からだけでなく、SNSやイベントの現場でも活発にユーザーと交流を図っている。