アルファ ロメオの生まれ故郷、ミラノ。トレンドの発信地として名高いこの都市が、毎年デザイン一色に染まる時期がある。世界最大級のファニチャートレードショーとして有名なミラノサローネ国際家具見本市、通称「ミラノサローネ」が開催される4月だ。街全体も「ミラノデザインウィーク」と呼ばれるデザインの祭典として賑わい、世界中から集った多くの人々で賑わう。アルファ ロメオ ジュニアの一般お披露目も行われたミラノデザインウィークのひとコマをお届けします。
市民も押しかける大規模な展示会
ミラノサローネとは、多様なカーデザインがイタリアで花開いた1960年代から現代まで続く、世界最大規模の家具・インテリアデザイン見本市のこと。以前は市内の中心部にメイン会場があったが、年々規模が拡大。2005年に総敷地面積が約40万平方メートル、幕張メッセのおよそ2倍という広大な見本市会場「ロー・フィエラ ミラノ」に移転して現在に至る。
2024年は4月16日から21日まで開催され、世界35の国と地域から1,950の出展者が集まった。最初の4日間はプレスデーや商談の日程にあてられ、国際ビジネスショーとしての色が濃い。出展者、取材陣、各国からの取引先……どの顔も真剣そのもの。この場で発信された最先端のデザイン情報が1年をかけて世界を駆け巡り、消費のトレンドを主導するからだ。
一転してお祭りムードが漂う最後の2日間は一般公開日にあたる。土日ともあって家族連れなど大勢の市民が押し寄せる。わざわざ公式サイトで事前登録を済ませてチケットを購入、30分以上かけて郊外の会場を訪れるのだから、いかにこの街の人々にとってデザインが関心事なのか見て取れる。毎年このイベントを心待ちにしているのだ。
ヨーロッパ各国のメーカーを中心に、ブランドごとの新作が立ち並ぶブースが複数棟の展示ホールにひしめいている。今年はキッチン関連の展示会「ユーロクッチーナ」(国際照明見本市「ユーロユーチェ」と隔年で開催)も会場の一角を占めた。
サローネの特徴のひとつに、若い才能を支援する姿勢がある。例えば、一般公開前日の金曜から学生開放日を設けるのも一例だ。また、35歳以下の展示に限定した「サローネ・サテリテ」と呼ばれる会場は、若手デザイナーの登竜門。有名企業や来場者にアピールしようと世界各国からの才能が集う場として、今年で25周年を迎えた。今では世界的に活躍する大勢のデザイナーがここから巣立った。
「静」から「動」、デザインの転換点か
アートやクラフトの要素を取り入れた室内装飾。ブティックホテルや商空間、リゾートスタイルのトレンド。ホームインテリアの次なるヒント……このように、さまざまな切り口を持つサローネ会場の展示。そのうち1つを取り上げるなら、現代生活の視点から過去のデザインを再評価する流れだろうか。
具体例として「イタリアン・ラディカル・デザイン」グループの出展に勢いがあった。同グループ傘下にある「グフラム」「メンフィス ミラノ」「メリタリア」という3ブランドのブースが隣り合い、シルバーの壁材で緩やかに結び付けられている。
いずれのブースも当時を懐かしむ層だけでなく、まったく若い来場者が滞在。もしかするとブランドやデザイナーの名を初めて知ったかもしれない層が訪れていたのは印象的だ。大胆なフォルムやビビッドなカラーに惹かれる陽気な時代が、また訪れるのだろうか?
商品そのものだけを展示しない
ロー・フィエラとミラノ市内は幹線道路で結ばれるが、混雑する展示会時期は直結する地下鉄M1(赤)線の利用が便利だ。ミラノの街では、公共交通のデザインにもフランコ・アルビニら著名デザイナーが関わってきた。設備の細部やサイン計画などの秀逸さに注目したい。
ミラノ・サローネの期間に合わせて市内で催されるのが「フォーリ・サローネ(サローネの外)」と呼ばれる一連の展示。元はメイン会場のブース展示と連動して、商業地にある各ショールームでサテライト展をした名称だったが、今ではミラノサローネと独立したイベントになっている。
ブレラ地区、トルトーナ地区などの拠点ごとに情報が集約され、散策マップが作られるのが恒例。普段は入店に勇気がいる高級ブランドのショールームから、若手デザイナーがインスタレーションを行うアートギャラリーまでが対等な立場で参加するのがならわしだ。
照明器具メーカー「フロス」は、隣接する数カ所で展示を行った。ユニークだったのは「アウト・オブ・オフィス」と名付けられた企画。その意味は、無人の会場から「外出中」とも、コロナ禍で普及した「オフィス外勤務(リモートワーク)」とも取れる。
無人のオフィスによりコロナ禍の記憶をあえて再現し、オフィスで働く意義をあぶり出した展示。ただ新たなデザインや商品を伝えるだけでないやり方は、ようやくコロナ前の規模に戻った今年のミラノデザインウィークらしいインスタレーションに映った。
こだわりの老舗に現れた新型車
高級ブランドが軒を連ねるミラノのモンテ・ナポレオーネ通り。シャネルとオメガの間から横道を入ってすぐの場所に「ラルスミアーニ」のショップがある。ショーウィンドウに収まっていたのは「アルファ ロメオ ジュニア」の実車だ。
前日の深夜「33ストラダーレ」の展示と入れ替えられたジュニアは、この日が一般の目に触れる初の機会。しかし派手なアピールはなく、さり気なく街角に溶け込んでいた。
ラルスミアーニの歩みは1922年に始まった。グリエルモ・ミアーニがテイラーメイドスーツのサルトリア(仕立て業)として自身の名を冠した「グリエルモ・ミアーニ」を創業。やがてチャップリンやバスター・キートンといった著名人が顧客リストに並ぶ名門としてその名をとどろかせる。1930年代には撥水レインコートのヒットで急成長。「水鳥」を意味するラテン語の「ラルス」とミアーニ家の名を組み合わせたブランドタグが付いたのはこの頃だ。
大戦後は、オーダーメイド用の高級生地を輸出入する繊維貿易を開始。最盛期にはミラノ中心部に4つのショップを構えるまでになった。2代目のリカルド・ミアーニが1970年代に経営参画した際、社名をラルス・ミアーニに変更。イタリア発のテキスタイルコレクションを取り揃えたハイエンドテキスタイルのメーカーとしての立場を固める。なかでも最高級のコットンを使用した高級オーダー生地は世界的に有名だ。現在は祖父の名を継ぐ3代目、リカルドの息子であるグリエルモ・ミアーニがブランドの舵を取る。
モンテ・ナポレオーネ通り3番地に受け継がれるこの店舗は、コンセプトブティックという位置付けだ。シガーケースにバックギャモン盤、紳士の身だしなみを整えるグルーミングキットや雑貨類のセレクト、そしてクルマに関する数々のアイテムたち。そこにガレージよろしくジュニアが鎮座していた。
なぜ、名門アパレルのコンセプトブティックに実車が展示されるのか? 1世紀を超える歴史を持つラルスミアーニが扱ってきたのは、単なるアパレルではないからだ。このショップで具現化されている通り、何かにこだわり、愛好するライフスタイルそのものを届けている。それは、クルマを扱うブランドでも同じだろう。デザインを愛するミラネーゼ(ミラノ市民)行き交うこの場を、ジュニアのお披露目に選んだアルファ ロメオの狙いをもっと知りたくなった。
間近で目にしたジュニアのデザインディテールと開発ストーリーは、後日に掲載するデザイナーインタビュー記事の公開まで楽しみにお待ちいただきたい。
情熱の赤をまとうデザイン、世界へ
日が暮れてトルトーナ地区に人々が集まり出す。この日に目撃したデザインへの感動を伝えつつ、久しぶりに再会した異国の仲間との友情を確かめ合う。そんなシーンが垣間見られた。
ミラノの街には、赤が似合う。洗練の赤、情熱の赤、そしてカンパリの赤だ。
伝統と最先端、イタリアらしさとグローバルマインド。それらがこのミラノで程よくブレンドされ、世界中に伝わっていく。
Text: | 神吉弘邦(ITALIANITY編集長) |
Photo: | Ken Anzai |