アルファ ロメオのオーナーズイベントで出会ったのが、ジュリア「クアドリフォリオ100周年記念モデル」オーナーの伏原洋一さんです。その時の取材では、アルファ ロメオというブランドの魅力について「伝統」という答えが返ってきました。普段いったいどんなカーライフを送っているのでしょう。アルファ ロメオに憧れた20代、クルマ好きの共通項で結びついた父親との想い出など、休日のドライブをゆったり愉しみながら伺いました。
「100年の物語」を体現したモデル

秋晴れの柔らかな日差しが降り注ぐ、東京郊外の昼下がり。「ジュリア クアドリフォリオ100th アニヴェルサリオ」のモントリオールグリーンが映える。全国限定17台で販売された特別な車両の限定カラーだ。
ドライバーは、金融マンとして多忙な日常を過ごす伏原洋一さん。いくぶんリラックスした表情と、颯爽と革ジャンを羽織った出立ちで車外に降り立った。

筋肉質で精悍なフォルムをまとったジュリア。エクステリアで気に入っているポイントは、ボリューム感がよくわかるサイドビューだという。
アルファ ロメオのファンにお馴染みである四つ葉のクローバー(クアドリフォリオ)のエンブレムに「1923-2023」の数字が刻まれている。

1923年、シチリア島で行われる公道レース「タルガ・フローリオ」14回大会にアルファ ロメオのチームが勝利。以来、1世紀という長きにわたって、アルファ ロメオのレーシングカーに採用されてきたのがクアドリフォリオだ。
その100周年を記念したジュリアとステルヴィオの「クアドリフォリオ100th アニヴェルサリオ」モデルには、ダッシュボードやステアリングなど、インテリアの随所にもモチーフがあしらわれている。
20代で誓った「アルフィスティになる未来」
アルカンターラ張りの助手席に同乗して伏原さんの愛車遍歴を聞いていく。初めて所有したのは国産車のクーペ。自然吸気のスポーツカーだった。ダークグリーンメタリックのカラーとキビキビした走り。クルマ愛好家として楽しい時間を過ごした伏原さん。「でも、本当に欲しかったのはアルファスパイダーでした」と笑う。
「当時の価格で400万円以上。20代の稼ぎでは手が出ません。いつかは自分でアルファ ロメオを手にしよう、という憧れのブランドになったのです」

クルマ好きは父譲りだ。自分で国産メーカーのクルマを所有しながら、父親のお下がりでドイツメーカーの車両を運転する年月を過ごした。異なる方向性のクルマを比較しながら乗ることで、お互いの長所が見えてくるものだろう。今日に至るまで、伏原さんのオーナーライフが「2台体制」となる原点だった。
クルマ選びの基準は、まずは「実用性重視」の1台。2台目は「その対極にある車両」だ。日本、ドイツ、英国。クルマ遍歴にファミリーカーもあれば、スポーツカーもある。自分が打ち立てた基準を優先するため、偏見とは無縁なのだ。やがて念願のアルファ ロメオに手が届いた。
「159のオーナーとなった時は、とても嬉しかったですね。でも、すぐ勤務地が函館になってしまい、泣く泣く手放して4WDのSUVに乗り換えました」

クルマ乗りとして初めての寒冷地だが「あと1年は住みたかった」と振り返るほど、函館の街が気に入った。
ふらりと入った自宅近くの寿司店に通い詰めた。地元民しかまず入らないような、小さな店構えの老舗。最初は気難しく感じた大将と、どんどん親密になる。東京に暮らす今も、函館から海の幸が届くような間柄になった。
このエピソードからも、伏原さんが「自分の評価基準によって、本質を見抜く目」を大事にしていると感じる。

「私はいわゆる『スーパーカー世代』です。フェラーリは文句なしに格好いいのですが、どうも自分にはヘソ曲がりなところがある。アルファ ロメオに惹かれたのは、声高にメジャー感を主張しないブランドなのも理由です。エンツォ・フェラーリが、アルファ ロメオのテストドライバー出身だったという歴史も好きですから」
気取らず、飾らない。本質が宿る場所に惚れ込む
ジュリアが着いたのは、東京西部の武蔵関。現住所へ引っ越す前、伏原さん夫妻はこの街で暮らしていた。以前にご近所だった「ビストロGAVA(ガヴァ)」は、フレンチベースの地中海料理をワインと楽しめる、気の置けない店だ。

こちら函館の寿司店と同様、ふらりと入って常連になったお店。今はドライブの中継地点として、あるいは腰を据えて過ごすため、自宅ガレージにクルマを置いて訪れる。ランチメニューの調理を待つ間、いつも通りに雑談を楽しんだ。

洋風おせちの話、旬の食材。やがてジビエの話になった。そこで伏原さんが取り出したのは、CACAZAN(カカザン)のレザー製ドライビンググローブ。オーナーが自らイベントに赴き、ドライバーの手を採寸することでも知られるブランドだ。

「鹿革のほかに、猪革なども素材に使うそうです。CACAZANがある香川県の東さぬき市は、手袋の縫製技術がある土地。立体縫製をしているので、フィット感が抜群です」
伏原さんの嬉しそうな表情からは、メカとしてのクルマだけでなく「クルマ文化そのもの」を愛しているのだと伝わってくる。

オーナーシェフ・大村尚輝さんの手で魚料理が運ばれてきた。「GAVAさんは今年で11周年。うちの愛犬『エイト』と同い年です」と伏原さんが紹介してくれる。
この日の鮮魚はサワラ。美味しいのはもちろん、盛り付けも美しい。取材陣は鶏肉のフリカッセやパスタをいただく。どのメニューも十分に食べ応えがあるポーションなのが嬉しい。

▲「サワラのポワレ」(1,400円)
気取らず、飾らない。偉ぶっていないのに本格的。この店が地元で愛される理由とともに、伏原さんの判断基準を少しずつ理解できたような気がした。
クルマとの時間が、苦しい時期の支えになった
食後のコーヒーを飲んだ後、再びドライビングシートへ。伏原さんはお気に入りのドライブコースを特に定めていない。「妻と愛犬とは、入間や南大沢のアウトレットに向かうことが多いです。ひとりの時はハンドルを握ってから、心の赴くまま気晴らしで走らせます」。
華麗なペダルワークを生み出すのは、Tod’s(トッズ)のドライビングシューズ。パイソン(蛇)革のオーダー品だ。差し色の赤をワンポイントで履きこなすオシャレが心憎い。

ジュリアを所有して1年。最高出力510pを誇る2.9LのV6ツインターボエンジンの搭載車両は「思ったよりも静かで、乗りやすい」という感想だ。
クルマの良さを、いわゆる「素乗り」で味わうため足回りなどに手を入れていない。電子制御のFRとアクティブサスペンションは「しっかり、じっくり、地面をつかんでくれる印象。突き上げ感はないです」とコメント。
ドライビングモードはこまめに変更して運転を堪能しているという。8速のオートマチック トランスミッションは、Raceモードにすると150ミリ秒でシフトチェンジする。

深大寺の並木道を抜けて、近くの飛行場へ。遠くにスタジアムを望む、視界が一面に開けて気分が良くなる場所に着いた。温もりがある日なたの空気を、肺いっぱいに吸い込む。

ここ数年の出来事を、伏原さんが語ってくれた。
コロナ禍にあった4年前、お互いにクルマ好きとして結びついていた父が逝去した。そのすぐ後に、自身も首を患う不運が重なる。それまではずっと働き詰めのビジネスパーソンだったため、長期の療養は初めての経験だった。

「働けない日常が、これほどにしんどい時間だとは思いませんでした」と伏原さんは振り返る。そんな時期、大いに支えとなったのがクルマとともに過ごすひと時だった。

「アルファ ロメオに憧れていた20代の気持ちを思い出していました。好きなクルマを所有して、何にも縛られない時間を家族と一緒に過ごす。『まだまだ、人生には楽しいことがいっぱいあるぞ』と励まされた気持ちです」
時の歩みを託される、アルファ ロメオというブランド
帰宅した伏原さんに、もう1台の愛車を見せてもらう。2台体制のうち、普段使いの車両のほうがジュリアだったのだ。

「ちょうど父の100日忌の日。以前から全国で探していた『4cスパイダー33ストラダーレ・トリビュート』が見つかった連絡を、愛知のディーラーから受けました」
運命的な出会いを感じて、購入を即断。現在は「速くて、軽い4c」を時おり走らせて楽しんでいる。赤いボディを黒くラッピングした理由は「まだ自分に似合わない色だから」だという。

「以前に伊丹十三さんのエッセイで、ホコリを被った真っ赤なヨーロッパ車が格好いいものだ、と読んだ記憶があります。でも、それに乗る勇気が自分にはまだありません。その日が来るまで熟成中、という感じです」
ラッピングには、ボディの左サイドに4桁の数字、右サイドに4つのアルファベットが配されていた。数字は、父の生まれた日付と没した日付。アルファベットは、戒名から取った文字だという。亡き父と、変わらずにしっかりクルマで結びついているのだ。

真夜中のドライビングシートに潜り込むと、まるでタイムマシンのように想い出が蘇ってくる瞬間がある読者も多いだろう。
今では会うことがかなわない、近しかった人物との思い出。喜怒哀楽という感情のうち、クルマと結びついている記憶は「喜」や「楽」に変換されることが多いと感じるのは筆者だけだろうか。
人生の辛さを和らげてくれた愛車への感謝を話す伏原さんの姿に、ふとそんな考えを重ねた。

脈々と続いてきた、時の歩み。それが、アルファ ロメオの伝統だと伏原さんは言う。しかし、ひとりのオーナーがクルマと育んだ愛情も、その重さに匹敵するものだろう。

Text: | 神吉弘邦(ITALIANITY編集長) |
Photo: | 望月勇輝(Weekend.) |